まど♀です。
前回の記事の続きです。
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「ソウルとは個の魂の集合体であり、血液型みたいなものだと説明したね。
これは神話の神々にも当て嵌まるんだ。
その例として、天照(アマテル)という神の話をしよう。
アマテルには十二人の妻が居て、実際の妻、正室をセオリツヒメという。
アマテルは長きに渡り不正なき統治をしたのだけど、それがだんだんと家臣たちには窮屈に感じられた。
それで起きたのがクーデターだね。
アマテルの孫のニニギノミコトを立て、十三の神器のうち三つを後継者の証として渡した。
ニニギにはホノアカリという兄が居て、何故か残りの十種の神器を授かりながらも追放された。
その後、ニニギの孫である神武天皇が三種の神器を受けて皇位に居たとき、ヤマトの地では空飛ぶ磐船で降り立ったというニギハヤヒが十種の神器を持って君臨していた。
神武天皇はヤマトの国を成敗しに行くが、ニギハヤヒ側から十種の神器を見せられてそれが本物であることを認識する。
だが争いを好まないニギハヤヒは神武天皇にヤマトの地を譲り、以後歴史から葬られる。
で、ニギハヤヒの正式名が
天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊(アマテル クニテルヒコ アマノホアカリ クシタマ ニギハヤヒ ノ ミコト)
と言うんだよ。
これはアマテル、ホアカリ(ホノアカリ)、ニギハヤヒが同じ人物(神)であることを示している。
そしてニギハヤヒの正妻がまたセオリツヒメなんだよね。」
同じ人物ってどういうことですか?
「つまり、アマテルは13種の神器のうち3種をニニギに与え、自らは10種の神器を携えてホノアカリと名を変え、隠居させられたのではないかと思うんだ。その際正妻であるセオリツヒメは同行し、やがて何らかの理由でニギハヤヒと名を変え暗躍した。
以前話した通り、僕はこの謎の神様ニギハヤヒに導かれるように、その謎解きをしてきた。
ヤマトの地(鳥見)を去ったニギハヤヒは千葉の印旛沼周辺に鳥見を移した。
それが今の[鳥見神社]で、この神社も一般には謎とされている。
鳥見神社と共に印旛周辺に点在する[宗像神社]がある。
宗像神社には市杵島姫命(イチキシマヒメ)が祀られていて、市杵島姫命もまた天火明命(アマノホアカリ)の妻とされている。
市杵島姫命=セオリツヒメ、言い換えれば宗像とはセオリツヒメを祀る神社だ。
印旛沼はかつてのヤマトのように栄え、今度は景行天皇の皇子ヤマトタケルが成敗に遣わされる。
ここでもニギハヤヒは国を譲り、去った。
鳥見神社と宗像神社を封じるように麻賀多神社が建てられた。(現在、麻賀多神社は日月神示が降ろされた地として有名になっている)
また、船橋にはかつて伊勢神宮と並び称された夕日の宮・船橋大神宮がある。
そこの祭神がヤマトタケルだ。」
「余談だが、船橋大神宮に関する面白いエピソードがある。
2007年12月、所用で船橋へ来たついでに船橋大神宮へ寄ったんだ。
その日は二の酉に行われる特別な祭事の日で(全く知らずに立ち寄ったんだけど)、舞台上で神楽が行われていた。神楽の最後に能面の神様が鬼を退治し、奉物のミカンを舞台の周りに投げ始めた。
皆がミカンを取ろうと必死に手を伸ばす中、何故か僕に向けて3回も放ってくれて、神聖なるミカンを3個手にする事が出来た。
縁起ものだから独り占めは良くないと思い、お裾分けしに浦安の実家へ寄って事情を説明すると母が驚いて、『船橋大神宮といえばね…』と僕の祖母の兄にまつわる話を聞かせてくれた。
祖母の兄はとても頭が良く、神童と呼ばれるほどの子どもだったそうだ。
だが七歳になったある日、行方不明になってしまったんだ。
当時警察や近所の人たちが大捜索したらしいけど見つからなくて、行者に占ってもらったら船橋大神宮の床下を見ろと言われたんだって。
船橋大神宮の本殿は四方が隙間なく作られていて床下には入ることが出来ない。
それでも宮司さんは妙な噂を立てられたくないと本殿の畳と床板を剥がしてくれたんだ。
そうしたらそこには行方不明の兄の遺体があった・・・。
当時この事件は[神隠し]として新聞でも報道されたらしいよ。
母曰く僕が産まれた時、その神童の生まれ変わりだと思われたらしい。(理由はよく分からないけど)
さて、話しを戻そう。千葉を去ったニギハヤヒはさらに北上して秋田へ移った。
秋田の鳥海山はニギハヤヒが降り立った山という伝説がある。
ニギハヤヒとセオリツヒメが最終的に辿り着いた場所が秋田だったんだ。」
ニギハヤヒはいつも譲ってばかりで人が良いですね~(^-^;)
「きっと愛の神様だったんだよ♡
だがニギハヤヒが去った後のヤマトの地では災害や疫病が流行り、ニギハヤヒを追い出してしまった事が原因なのではないかと騒がれ始めた。
そこで災厄を鎮める為ニギハヤヒの代わりとして妻であるセオリツヒメの魂を眠らせ、天照大御神(アマテラス)として伊勢神宮に祀ることにしたんだ。
二人は引き裂かれ、今日に至る訳だ。」
何故そんなややこしい真似を…ニギハヤヒ夫妻を迎え入れればよかったのに。
「一度追い出した手前もあるし、ニギハヤヒを戻すのはばつが悪かったんじゃないかな?
従って現在伊勢で祀られている女神[天照大御神]の正体はセオリツヒメだ。」
正体を隠されていたのですね、酷い話です…。
「セオリツヒメについて補足しよう。
セオリツヒメというと一般には天照大御神の荒神とされているよ。
また、セオリツヒメは漢字で[瀬織津姫]と書き、七夕の[織姫]でもある。
七夕伝説は瀬織津姫と饒速日命(ニギハヤヒ)のお話とされているんだ。」
へぇ…じゃあ彦星は天照國照彦の[彦]ですかね?
「そうかもしれないね。
昔は全国に瀬織津姫を祀った神社があったらしいけど、それが今は弁財天とされている。
浦安には明治から大正にかけて全国的に霊験高らかで有名になった弁財天の神社がある。それを建てたのは僕の祖父で、白蛇を見たのが切っ掛けなんだ。」(※当時の記録はこちら)
お祖父さんの件まで遡ると、饒速日命だけでなく瀬織津姫ともご縁があった訳ですね!
「そうだね、最初にこの女神の名前を知ったのは2008年の初頭だったかな。饒速日命よりも先だね。
その頃はまだ神社に興味もなく、全然詳しくもなかった。
唯一、弁才天だけは祖父縁の神社なので馴染みがあった。(弁財天は弁才天が本来の名前だね)
2007年11月にインドに行く際、知り合いから『サラスヴァティに宜しく』と言われ、なんだそれ?と思って調べたら日本の弁才天の元になったインドの女神だと判った。
で、年が明けて知り合い何人かにインドの話をしていたら、ある人が何の脈絡もなく『今、瀬織津姫と言う名前が気になってる』と言ったんだ。名前だけ浮かんで、それが何だかは分からなかったらしい。
2008年の夏至に、インド旅行でバスの隣席に座った隠れヒーラーさんが、奈良にある天河神社のサポーターをしていた関係でそこへ招待してくれた。
その旅自体が実に不思議体験満載だったね。
明日香村に前泊した際に夕方だけ雨が止んで、近くの甘樫の丘に登った丁度その時夕陽が沈むのが見えた。
丘の頂上に立って軽く瞑想すると、天の気が脳天から、足元からは強烈な熱(地の気)を感じて、次第に自分の体が光の支柱に感じられてきた。この時から[光の柱]を立てられるようになったんだ。
その日が夏至だったと後から気付いてね、
[夏至の太陽が沈む時、やまとの地でやまとが光の柱を立てた・・・](※やまとは当時の活動名)
そして何かが始まったんだ。
また、旅の帰路で深い霧の中、レンタカーのカーナビが誤作動(?)して細い山道に入り込んでしまったんだ。
何故こんな道に入ったのか不思議だったけど、翌年7月に再び訪れた時に理由が分かった。
当時チャネラーのパートナーと行動を共にしていて、彼女が『大峰山へ行きたい』と言い出した。
案内標識を頼りに道を走っていると、昨年迷い込んだルートと全く同じ道だと気付いたんだ。
彼女がチャネリングで繋がっていた高次の存在[ハトホル]が、どうやら僕をここへ招待したかったらしい^^」
「ハトホルは[宇宙最高評議会]というマスター集団の名だと自ら告げ、僕に[銀河の中心]となるように告げた存在なんだ。
話を元に戻すと、天河神社は正式には天河弁才天だったんだ。そしてそこで宮司さんに教わりながら朝の祝詞を上げた。その中に[瀬織津姫]の名前が登場したんだ。それは大祓いという祝詞だった。
瀬織津姫の名は、持統天皇の時代に徹底的に消されて残されなかった。それが伊勢神宮の系列からは弾かれているけど本来はとても由緒格式高い天河弁才天に大祓い祝詞の形で残されていた。
これはマグダラのマリアの伝説と似ている。彼女と子孫は南フランスでカタリ教という愛の宗教を広めたのだけど、13世紀にバチカンから徹底的な弾圧と虐殺を受け、一切の痕跡を消された。それがタロットとして残されたのだけどこれもまた一般には知られていなくて、僕はその事実を知り[真実のタロット]を制作したんだ。(※当時の記録はこちら)
大祓い祝詞で瀬織津姫の名が浮上したとたん、知り合いを通して瀬織津姫に関する話が断片的に入ってくるようになった。
最初に知ったのは、饒速日命という謎の神様の奥さんだったらしいということ。
さらに饒速日命について体験を通じて明らかになった頃にホツマツタエを読み、瀬織津姫のほぼ全てが一気に明らかになった。
繰り返しになるけど、饒速日命は天照(アマテル)。瀬織津姫はアマテルの正室で、おそらくは陰陽師によって饒速日命と魂を分かたれた後、持統天皇の指示で今の伊勢神宮に天照大御神(アマテラス)という最高神に据えられた。
一方、瀬織津姫の他の呼び名を調べてみると、ホツマでは[サクナダリ・セオリツ姫ホノコ]
さくなだりとは岩を割いて流れ降る清い渓流を意味するから、水の女神だね。
今、水の女神と言えば弁才天となる。
アマテルとの感激的な出会いに因んで[天下る日前向津姫(アマサガルヒニムカツヒメ)]と呼ばれ、ムカツ姫が別名になった。
ムカツ姫の祀られた正式名は、撞榊厳魂天疎向津姫命(つきさかきいつみたまあまさかるむかつひめ)
ここからツキ(月)の女神、かぐや姫とも繋がる。
実際、天河弁才天を基点に広がる日本の七夕伝承では、織姫(瀬織津姫)という月の女神と、彦(火皇子、饒速日命)という太陽神が年に一度再会する日になってる。
それから本居宣長は八十禍津日神を瀬織津姫だと解釈している。
この八十は[ハト]すなわちハトホルを示す数字なんだ。あと八十八もね。
ハトホルはエジプトにおいて、一度女神として代表が降臨し、ホルスの妻となった。
ホルスというのはオシリスとイシスの息子だ。
ホルスは鷹で象徴されるけど、鷹は饒速日命の象徴でもある。
また、オシリスと日本の国常立命(クニトコタチ)の物語は極めて類似している。
オシリスは弟のセトに殺され、遺体をバラバラに切断されて河に流されてしまう。
国常立命は支配神の座を悪神と呼ばれる神々によって迫害され、死後二度と復活することのないように体を節々に分けられ(節分)、臓物を煮て喰われ(雑煮)、恐ろしい鬼として鬼門(北東)の方角に封じ込められ、艮(ウシトラ)の金神(コンジン)と忌み呼ばれるようになった。(正月に雑煮を食べ、節分に豆を撒いて鬼を追い出す風習はこうして作られたものだと考えられる)
よって、
オシリス=クニトコタチ《他:シヴァ/不動明王/サナト・クマーラ》
イシス=聖母マリア《他:パールヴァティー/観音》
ホルス=アマテル(ニギハヤヒ)=イエス・キリスト《他:サナンダ・クマーラ》
ハトホル=セオリツヒメ(イチキシマヒメ)=マグダラのマリア《他:サラスヴァティ/弁才天》
という図式で表してみると、しっくり来るんだ。
だんだん分かってくると思うけど、この魂グループは何度も何度も神話の形で正義と愛を地球に示している。
時間というのは直線ではなく、螺旋状に広がり巡るエネルギーの循環・・・それが僕のイメージだ。」
要するに、瀬織津姫とマグダラのマリアは[同じ魂(ソウル)の存在]であり、私もそこに属するパーソネージという事ですか?
「そうだね。神話には幾つか共通点があり、それらを照らし合わせてゆくと真実に近づける。
例えば冒頭で『アマテルには十二人の妻がいた』と話したけど、当時の神様は一夫一婦制で異常なことなんだ。これはイエスに12人の弟子が居て、その中にマグダラのマリアが一番近しい存在として居た事と符号する。」
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瀬織津姫とマグダラのマリアのお話は今でこそ明るみになってきていますが、マトが真実を探求していた当時はほとんど明かされていませんでした。
これらの真実は前回綴った通り、[高次の導きによるマト自身の体験]から得たものです。
さて、自分の魂について学んだ私ですが、ここから事態は思わぬ方向へと展開してゆきます…。
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